教室の窓から差し込む午後の陽光が、時空の銀髪を金色に染めていた。彼は机に頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を見つめている。その瞳の色は今日は深い青。昨日は琥珀色だったのに、と太郎は思った。
「おい、時空。授業中だぞ」
芽金太郎は小声で隣の席の時空に注意を促した。しかし時空は、まるで別の時代を見ているかのような遠い目をしたまま動かない。
「時空さん、この問題を解いてください」
数学教師の鋭い声に、クラスメイトたちの視線が一斉に時空に集まった。ようやく我に返った時空は、ゆっくりと立ち上がる。
「はい...」
黒板に書かれた複雑な方程式を一瞥すると、時空は不思議そうに首を傾げた。
「これは...星の軌道を計算する式ですか?」
教室に笑いが広がる。
「何言ってんだよ」と太郎が呆れた顔でつぶやいた。
「いいえ、二次方程式です」と教師は冷ややかに答えた。「解けますか?」
時空は黒板に向かい、チョークを手に取った。その手つきは突然確かなものになり、あっという間に正解を導き出した。
「なぜ星の軌道と思ったのですか?」教師が不思議そうに尋ねる。
「昔...いえ、どこかで見たような気がして...」時空の声は遠く、また目が宙を彷徨い始めた。
放課後、太郎は時空を見つけて声をかけた。
「おい、今日も『宇宙堂』に行くのか?」
時空は嬉しそうに頷いた。「うん、行く。今日は何か...特別な気がするんだ」
「お前のその『特別な気』ってのも当たり外れが激しいよな」と太郎は肩をすくめた。「昨日なんて『今日は大当たりの予感』って言ってたくせに、一回も当たらなかっただろ」
時空は不思議そうに首を傾げた。「そうだったっけ?でも昨日は...あ、そうか。太郎の言う『昨日』と僕の『昨日』は違うのかも」
「何言ってんだよ、また変なこと言い出して」
二人が校門を出ると、そこに鈴木桜が立っていた。
「あ、時空くん!太郎くん!」
桜の明るい声に、時空の表情が柔らかくなる。
「桜...」時空は彼女の名前を呼ぶとき、いつも少し遠い目をする。
「今日もパチンコ?」桜が尋ねる。「私も見学していい?」
「おいおい、生徒会長が放課後にパチンコ店に入るとか問題だろ」と太郎。
桜は笑った。「大丈夫よ。私、制服着替えてくるから。それに...」彼女は時空を見つめた。「時空くんのパチンコ、なんだか見ていると懐かしい気持ちになるの」
「宇宙堂」の店内は、いつものように煌びやかな光と音で満ちていた。店主の五条玄は時空を見るとにやりと笑った。
「来たな、我が永遠の客人よ」
「こんにちは、玄さん」時空は丁寧に頭を下げた。その仕草は、現代の高校生のそれとは少し違う古風さがあった。
「今日は何を打つ?」
「『天空の扉』...打ちたいです」
玄の目が細くなった。「ほう...あの台か。お前さんが最後にあれを打ったのはいつだったかな」
「覚えてないけど...とても昔」時空の声は遠かった。
太郎と桜は時空の後ろに立ち、彼がパチンコ台に向かう様子を見守った。時空がパチンコ玉を打ち始めると、その姿は教室で見る彼とはまるで別人のようだった。集中した眼差し、計算された手の動き、そして何より、その存在感が違った。
「時空くん、すごいね...」桜がつぶやいた。「まるで...何千年もこれをやってきたみたい」
「冗談でも言い過ぎだろ」と太郎は笑ったが、内心では同じことを感じていた。
時空の指先から放たれるパチンコ玉は、まるで意思を持つかのように台の中を舞い、次々と的を射抜いていく。周囲の客たちも気づき始め、徐々に人だかりができていった。
「すげえ...あの子、何者だ?」 「プロか?」 「いや、それ以上だ...」
突然、台が激しく光り、特殊な出目が揃った。「天空の扉」が開いたのだ。店内に歓声が上がる中、時空だけが静かに目を閉じた。
その瞬間、時空の意識は遠い過去へと引き戻された。
砂漠の上に立つ自分。空には三つの月が浮かんでいる。これは...地球ではない。
「時空よ、お前に使命を与える」
声の主は見えない。だが、その声は時空の魂の奥底まで響き渡る。
「七つの鍵を集めよ。そして、扉を開け」
「扉...?何のための扉ですか?」時空は問いかける。
「時が来れば分かる。お前は長い旅をするだろう。記憶は薄れ、姿も変わるだろう。だが、使命だけは忘れるな」
景色が変わる。今度は古代の神殿。自分は祭司の姿をしている。手には奇妙な装置。それは...パチンコの原型のようなものだった。
「この占術器で星の動きを読み、鍵の在処を探るのだ」
また景色が変わる。今度は戦国時代の日本。侍の姿の自分。そして、どこか桜に似た女性が微笑んでいる。
「また会えましたね、時空様」
「お前は...覚えているのか?」
「私は覚えていませんが、魂は覚えているのでしょう」
「時空!おい、時空!」
太郎の声で意識が現実に戻る。時空は目を開けた。周囲には歓声と拍手。台からはジャラジャラとメダルが溢れ出ていた。
「すげえ!大当たりだよ!」太郎は興奮していた。
「時空くん...?」桜が心配そうに覗き込む。「大丈夫?さっきから呼んでも返事がなくて...」
時空はゆっくりと二人を見た。その瞳は今、紫色に変わっていた。
「桜...僕たち、前にも会ったことがあるね」
桜は驚いた表情をした。「え?どういうこと?」
「わからない...でも、確かに...」時空は頭を抱えた。「記憶が...断片的で...」
店主の玄が近づいてきた。「無理するな。記憶は少しずつ戻る。焦るな」
「玄さん...あなたは知っているんですね?僕のこと」
玄は微笑んだ。「ああ、少しはな。お前さんとは長い付き合いだ」
太郎は混乱していた。「おい、何の話してんだよ?」
時空は立ち上がり、二人を見つめた。「太郎、桜...僕は...七つの鍵を探さなきゃいけないんだ」
「鍵?」二人は顔を見合わせた。
「何のための鍵かはまだわからない。でも、それが僕の使命なんだ。そして...」時空は桜を見つめた。「桜は、その鍵と関係がある気がする」
桜の目が大きく開いた。「私が...?」
「ただの勘だけど...」時空は微笑んだ。「でも、僕の勘は当たることが多いんだ。一万年分の経験があるからね」
「一万年...?」太郎は呆れた顔をした。「またそういう冗談言って...」
時空は笑った。「冗談じゃないよ。でも、信じなくていい。僕自身も、まだ全部は思い出せていないから」
玄が時空の肩に手を置いた。「今日はここまでだ。メダル交換して帰りな」
時空は頷き、大量のメダルを景品と交換した。選んだのは、古風な鍵の形をしたペンダント。
「これ...」時空はペンダントを桜に差し出した。「桜にあげる」
「え?いいの?」
「うん。これが、七つの鍵の一つかもしれない」
桜はペンダントを受け取り、首にかけた。その瞬間、一瞬だけ彼女の瞳が紫色に輝いたように見えた。
「不思議...懐かしい感じがする...」桜はつぶやいた。
三人は夕暮れの街を歩きながら帰路についた。時空は空を見上げた。
「僕が最初に来たとき、空はもっと...違う色だったんだ」
「最初って、転校してきたとき?」と太郎。
時空は微笑んだ。「うん、まあ、そういうこと」
彼の瞳は、夕焼けを映して金色に輝いていた。一万年の記憶を秘めた瞳が、明日という未来を見つめていた。
(つづく)
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