「ふぅ……こんな不毛の地に何があるっていうんだ?」
アッシュことぶつかりおじさん佐藤剛は、額の汗を拭いながら呟いた。彼の周りに広がるのは、地平線まで続く茶色い荒野。風が吹くたびに砂埃が舞い上がり、視界を遮る。
「古代魔法の痕跡よ。この荒野は昔、豊かな緑に覆われた土地だったの。でも200年前の大戦で……」
風の魔法使いリリア・ブルームフィールドが、髪をかき上げながら説明する。彼女の青い瞳には研究者特有の輝きがあった。
「へぇ、そうなのか。まぁ、どうでもいいけどな」
アッシュは無関心を装いながらも、リリアの話に耳を傾けていた。北の森で悪鬼羅刹を倒してから一週間。彼らは古代魔法の研究のため、この「死者の荒野」と呼ばれる場所にやってきたのだ。
「あら、さっきまで『早く街に戻りたい』って言ってたのに、急に強がり?」リリアが小悪魔的な笑みを浮かべる。
「う、うるさいな!ただ暑いって言っただけだ!」アッシュは顔を赤らめながら前を向いた。「それより、本当にこんなところに何かあるのか?」
「あるわよ。私の両親の研究メモによれば、この荒野の中心には古代文明の遺跡があるはず。そこには『衝撃の力』に関する手がかりがあるって」
「衝撃の力……俺のぶつかりスキルのことか?」
「そう。あなたのスキルは単なる物理的な衝撃じゃない。古代の力と何か関係があるの」
二人が会話を続けていると、突然地面が揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
砂の中から巨大な生物が姿を現す。全長10メートルはあろうかという砂蠍(さそり)だ。その巨大な鋏と尾の毒針が、二人に向けられる。
「砂蠍王!ここまで大きいなんて……!」リリアが驚きの声を上げる。
「へっ、デカいだけかよ」アッシュは余裕の表情を浮かべた。「俺のぶつかりスキルで……」
言葉が終わる前に、砂蠍王の鋏がアッシュに向かって襲いかかる。彼は咄嗟に身を翻し、かろうじて致命傷を避けたが、腕に深い傷を負った。
「くっ……!」
「アッシュ!」リリアが駆け寄る。「風の障壁!」
彼女の詠唱により、二人の周りに風の壁が形成される。しかし砂蠍王の攻撃は強力で、障壁にヒビが入り始めた。
「リリア、下がれ!俺がやる!」
アッシュは傷を押さえながら立ち上がる。彼の目に決意の色が宿る。
「ぶつかり体当たり!」
彼は砂蠍王に向かって突進した。しかし、予想外の事態が起きる。砂蠍王の甲羅は想像以上に硬く、アッシュのぶつかりが効かないのだ。
「なっ……!」
反動で吹き飛ばされたアッシュは、砂の上に転がった。
「アッシュ!大丈夫?」リリアが叫ぶ。
「くそっ……こいつ、硬すぎる……!」
アッシュは歯を食いしばりながら立ち上がる。前世では電車内で人にぶつかることしかできなかった彼だが、この異世界では確かに成長していた。諦めない心が芽生えていたのだ。
「もう一度……!」
彼は再び突進しようとするが、リリアが止める。
「待って!そのままじゃ勝てないわ。砂蠍王の弱点は腹部よ。でも近づくのは危険すぎる……」
「弱点か……」
アッシュは考え込む。そして、ふと思いついた。
「リリア、お前の風の魔法で俺を持ち上げられるか?」
「え?」
「上から落下して、奴の背中にぶつかる。そして、勢いを利用して腹部に回り込む」
リリアは一瞬驚いたが、すぐに理解した。「できるわ!でも、タイミングが重要よ!」
「任せろ」
リリアの魔法で宙に舞い上がるアッシュ。高度10メートルから、彼は砂蠍王を見下ろした。
「よし……行くぞ!」
アッシュは両腕を前に突き出し、全身の力を込める。彼の肩の突起物が青く光り始めた。
「新技!ぶつかり拳!!」
彼は流星のように砂蠍王の背に落下した。衝撃で砂蠍王の甲羅にヒビが入る。そして、その勢いを利用して腹部に滑り込んだ。
「もう一発!ぶつかり拳!!」
アッシュの拳が砂蠍王の柔らかい腹部を貫く。砂蠍王は悲鳴を上げ、砂の上でもがき始めた。
「今よ、リリア!」
「了解!」リリアは杖を掲げる。「風の刃!」
鋭い風の刃が砂蠍王の腹部を切り裂く。巨大な魔物は最後の断末魔を上げ、動かなくなった。
「やった……!」アッシュは膝をつき、荒い息を吐く。
リリアが駆け寄り、彼の傷を治療魔法で癒し始める。「すごいわ、アッシュ。あの『ぶつかり拳』、前は使えなかったでしょ?」
「ああ……なんていうか、必要に迫られて出てきた感じだ」アッシュは自分の拳を見つめる。「前世じゃ、肩でぶつかるしかできなかったけど……ここじゃ、もっといろんな『ぶつかり方』ができるみたいだな」
「それが成長ってものよ」リリアは微笑んだ。「あなた、変わってきてるわ」
「そ、そうか?」アッシュは照れ隠しに咳払いをした。
治療を終えた二人は、再び歩き始める。数時間後、彼らは荒野の中心部に到達した。そこには半分砂に埋もれた巨大な石造建築があった。
「これが……古代遺跡?」
「そう。ここに私たちが探しているものがあるはず」
二人は遺跡の中に足を踏み入れる。内部は驚くほど保存状態が良く、壁には奇妙な文様が刻まれていた。
「これは……」リリアが壁に触れる。「衝撃の力を表す古代文字よ」
アッシュも壁に近づく。すると、彼の肩の突起物が再び青く光り始めた。
「なっ……!?」
壁の文様も同じように光を放ち、遺跡全体が震動する。突然、床が開き、二人は地下へと落下した。
「うわあああ!」 「きゃあっ!」
二人は暗闇の中を落ち続け、やがて柔らかい何かの上に着地した。
「いてて……大丈夫か、リリア?」
「う、うん……ここは……?」
彼らが着地したのは、巨大な地下空間だった。中央には光る水晶のような祭壇があり、その周りには同じ文様が刻まれている。
「すごい……これが古代文明の中枢部ね」リリアは興奮した様子で周囲を見回す。
アッシュは祭壇に引き寄せられるように近づいた。「なんだか……懐かしい感じがする」
「え?」
「いや、なんでもない」
彼が祭壇に手を触れると、空間に映像が浮かび上がった。それは200年前の光景だった。緑豊かな大地、平和に暮らす人々、そして突然訪れた災厄。黒い影のような存在が大地を蹂躙し、すべてを荒廃させていく。
「これは……大戦の記録?」リリアが息を呑む。
映像はさらに続く。黒い影に立ち向かう一人の戦士。彼は「衝撃の力」を使い、影と対峙していた。しかし力及ばず、最後の手段として自らの力を封印し、未来に託したのだ。
映像が消えると、祭壇から一冊の古い本が現れた。
「これは……」リリアが恐る恐る手に取る。「『衝撃の書』!両親が探していたものよ!」
アッシュは黙って本を見つめていた。なぜか胸の奥が熱くなる感覚。
「アッシュ、この本によれば、あなたの『ぶつかりスキル』は単なる偶然じゃないわ。200年前の英雄の力が、あなたに受け継がれたの」
「英雄の……力?」
「そう。そして、あの黒い影……『ダークロード・ヴェイン』が再び目覚めようとしているの」
アッシュは自分の手を見つめた。前世では迷惑行為でしかなかった「ぶつかり」が、この世界では人々を救う力だったのだ。
「俺が……英雄?冗談じゃない」彼は苦笑いを浮かべる。「俺はただの、ぶつかりおじさんだぞ」
「でも、あなたは変わってきてる」リリアは真剣な表情で言った。「さっきの砂蠍王との戦いでも、自分だけじゃなく私のことも考えて戦ってたじゃない」
アッシュは言葉に詰まった。確かに、前世の彼なら自分のことしか考えなかっただろう。
「……まあ、仕方ないな」彼はようやく口を開いた。「せっかく異世界に来たんだ。少しは格好いいところ見せないとな」
リリアは笑顔を見せた。「じゃあ、これからもパートナーとしてよろしく」
「ああ」
二人は地下空間から脱出し、荒野を後にした。アッシュの心には新たな決意が芽生えていた。ぶつかりおじさんから英雄へ。彼の成長はまだ始まったばかりだった。
遠くの丘の上、黒いマントの人影が二人を見つめていた。
「ついに目覚めたか……衝撃の継承者よ」
その声は風に消え、荒野に夕日が沈んでいった。
(つづく)
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