朝日が教室の窓から差し込み、佐藤陽太の机に柔らかな光を投げかけていた。しかし彼の心は、今日の放課後に控えた魔法協会との謁見に向けて不安で一杯だった。
「おはよう、陽太!」
明るい声とともに、中村大輔が教室に入ってきた。いつもの笑顔だが、その目には昨日の出来事の余韻が残っている。
「おはよう...大輔」陽太は小さく答えた。「今日のこと、緊張してる?」
大輔は陽太の隣の席に腰を下ろし、周囲に誰もいないことを確認してから声を潜めた。「正直、ドキドキしてる。でも大丈夫だって。俺、絶対に陽太の秘密は守るから」
陽太は友人の真っ直ぐな目を見て、少し安心した。しかし同時に、大輔を危険な状況に巻き込んでしまったという罪悪感も消えなかった。
「私たちも全力でサポートするから」
振り返ると、山田結衣が立っていた。彼女の隣には鈴木翔と佐々木美咲の姿もあった。
「みんな...」
結衣は陽太の机に近づき、小さな声で言った。「昨日、協会に連絡を入れておいたわ。今日の放課後、学校の裏手にある古い神社で会うことになってる」
「あの神社か...」陽太は頷いた。その場所は魔法使いたちの集会所として使われることがあった。一般人には「改修中」という看板で立ち入りを制限している。
翔が腕を組み、冷静な声で言った。「協会からは三名の重役が来る。一人は風属性の長老、もう一人は記録係、そして最後は裁定者だ」
「裁定者...」陽太は言葉を繰り返した。魔法協会の裁定者は、規則違反に対する処罰を決定する権限を持つ存在だ。
美咲が心配そうに言った。「先輩...大丈夫ですか?顔色が悪いです」
陽太は無理に笑顔を作った。「大丈夫、ただ少し緊張してるだけ」
「陽太」大輔が真剣な表情で言った。「俺のせいで君が魔法使いの資格を失うようなことがあったら、絶対に許さない。だから、今日は俺に任せてくれ」
「何言ってるんだよ」陽太は首を振った。「これは僕の責任だ。君は巻き込まれただけなんだから」
結衣が二人の間に入った。「二人とも、今は団結するときよ。私たちは仲間として一緒に立ち向かうの」
チャイムが鳴り、授業が始まった。しかし陽太の頭の中は、これから訪れる協会との対面でいっぱいだった。
放課後、五人は神社へと向かった。普段は人気のない裏山の小道も、今日は妙に長く感じられた。
神社の境内に足を踏み入れると、すでに三人の人物が待っていた。中央に立つのは、白髪の老人。風属性魔法の長老、風間竜一だ。左には厳格な表情の中年女性、記録係の水野詩織。そして右側には、黒いスーツに身を包んだ若い男性、裁定者の火村剛が立っていた。
「よく来たな、佐藤陽太」風間長老が静かな声で言った。「そして、これが魔法の存在を知ってしまった一般人か」
大輔は緊張した面持ちながらも、しっかりと頭を下げた。「中村大輔です。よろしくお願いします」
火村裁定者が一歩前に出た。「協会の規則は明確だ。魔法の存在が一般人に露見した場合、その記憶を消去するか、魔法使いの資格を剥奪するかのどちらかだ」
陽太は一歩前に出て、真っ直ぐに裁定者を見つめた。「でも、例外もあるはずです。大輔は僕の親友で、絶対に秘密を漏らしません。それに...」
「それに?」水野記録係が冷たい目で問うた。
「それに、彼は偶然巻き込まれただけです。責任があるのは僕です」
風間長老はゆっくりと杖を突きながら、大輔に近づいた。「若者よ、君は魔法の存在を知って、どう思う?」
大輔は一瞬考え、真摯に答えた。「正直、驚きました。でも、陽太が魔法使いだと知って、彼のことをもっと尊敬するようになりました。彼は自分の力を人のために使おうとしている。それは、魔法があってもなくても、素晴らしいことだと思います」
風間長老は微かに笑みを浮かべた。「なるほど」
この時、鈴木翔が前に出た。「風間長老、火村裁定者、水野記録係。私から一つ提案があります」
三人の重役が翔に注目した。
「私たちは、中村大輔が魔法の秘密を守れることを証明するため、協会が出す試練に挑みたいと思います。彼の誠実さと、私たちの彼への信頼を示すために」
火村裁定者が眉をひそめた。「試練?何を考えている?」
翔は落ち着いた声で続けた。「来月の学園祭で、魔法災害が起きる可能性があります。私たちはそれを未然に防ぎ、同時に中村が秘密を守れることを証明します」
「魔法災害?」陽太は驚いて翔を見た。
風間長老が杖を地面に突いた。「確かに、我々の予知部門から報告が上がっている。学園祭当日、何らかの魔法的異常が発生する可能性があるとな」
水野記録係が冷静に言った。「しかし、それを一般人を交えて対処させるのは危険ではないか」
この時、佐々木美咲が小さな声で言った。「でも...それこそが信頼の証明になるのではないでしょうか」
全員の視線が美咲に集まった。彼女は少し緊張しながらも続けた。「中村先輩は魔法を使えませんが、陽太先輩たちをサポートできます。そして、その過程で秘密を守る誠実さも示せます」
風間長老は長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。「面白い提案だ。私は賛成だ」
火村裁定者は不満そうな表情を浮かべたが、「条件付きで認めよう」と言った。「学園祭までの間、中村大輔は常に君たちの監視下に置かれる。そして、もし彼が一人でも他の一般人に魔法の存在を漏らしたら、即座に記憶消去を実行する」
「了解しました」陽太は真剣に答えた。
水野記録係がノートに何かを書き込みながら言った。「そして、学園祭での魔法災害対応に失敗した場合も、同様の処置となる」
緊張感が場を支配する中、大輔が一歩前に出た。「僕は受け入れます。陽太と皆の信頼に応えるために、絶対に秘密は守ります」
風間長老は微笑んだ。「若者たちの絆を試す良い機会になるだろう。では、契約の儀式を行おう」
長老は杖を掲げ、空中に光の文字が浮かび上がった。「佐藤陽太、中村大輔、山田結衣、鈴木翔、佐々木美咲。あなたたちは今、魔法協会との契約を交わします。学園祭当日までに魔法災害を防ぎ、同時に魔法の秘密を守ることを誓いますか?」
五人は揃って「誓います」と答えた。
光の文字が五人の周りを回り、やがて彼らの胸元に小さな光の印が現れた。
「契約は成立した」風間長老は言った。「学園祭までの一ヶ月、準備を怠るな」
三人の重役が去った後、陽太は大輔の肩に手を置いた。「本当にごめん、こんなことになって」
大輔は笑顔で首を振った。「何言ってるんだよ。これは俺たちの新しい冒険の始まりだ。それに...」彼は胸元の光の印を見つめた。「こんな経験、普通の高校生じゃできないだろ?」
結衣が二人に近づいた。「これからが大変よ。学園祭の準備と魔法災害の対策、両方やらなきゃいけないんだから」
翔は腕を組み、真剣な表情で言った。「まずは情報収集だ。どんな災害が起きるのか、予測を立てる必要がある」
美咲は小さく頷いた。「私、図書館で魔法災害について調べてみます」
陽太は仲間たちを見回し、初めて本当の安心感を覚えた。「みんな...ありがとう。一緒に乗り越えよう」
夕日が神社を赤く染める中、五人は新たな決意と共に、これからの試練に向けて第一歩を踏み出した。陽太の心には不安もあったが、それ以上に、仲間と共に立ち向かう勇気が芽生えていた。
風が優しく吹き、陽太の髪を揺らした。それは、まるで彼の決意を後押しするかのようだった。
(続く)
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