永劫回帰の勇者

詰みゲー

ハリネズミです2025/08/15

登場キャラクター

朝の陽光が窓から差し込む中、アルフレッド・ヴァンハイムは寝台から身を起こした。12歳の少年らしい小柄な体躯だが、その碧眼には年齢に似合わぬ深い知性が宿っている。

「今日も平和な一日が始まるな」

彼は小さくつぶやきながら、金髪を手で軽く整えた。この辺境の領地に転生してから2年。前世で25歳だった記憶と、何度も魔王を倒してきた経験を持つ彼にとって、この平穏な日々は新鮮だった。

(今回は実験的に辺境貴族の息子として生まれ変わったが...これはこれで悪くない)

「お兄様、おはようございます」

扉をノックする音と共に、妹のエリザベスの声が聞こえた。10歳の彼女は、兄を深く慕う愛らしい少女だが、時折見せる洞察力の鋭さにアルフレッドは内心驚かされることがある。

「おはよう、エリザベス。今日も早いな」

「はい。お兄様と一緒に朝の散歩をしたくて」

扉を開けると、栗色の髪を三つ編みにした妹が、期待に満ちた瞳で見上げていた。彼女の純粋な笑顔を見ると、アルフレッドの心は温かくなる。

「そうだな。では支度をして庭に出よう」

二人が庭に出ると、既にガレス・ストーンハンマーが剣の素振りをしていた。アルフレッドより2歳年上の従者だが、主従を超えた友情で結ばれている。

「おはようございます、アルフレッド様、エリザベス様」

ガレスは剣を下ろし、汗を拭いながら二人に頭を下げた。

「ガレス、今日も熱心だな。でも、そんなに力まなくても大丈夫だ」

アルフレッドの言葉に、ガレスは苦笑いを浮かべる。

「アルフレッド様の実力を見ていると、僕ももっと強くならなければと思うんです」

「実力って言っても、僕はまだ12歳だよ」

そう言いながら、アルフレッドは内心で苦笑した。確かに彼のステータスは12歳としては異常に高い。前世の記憶と経験があるとはいえ、この体での2年間で築き上げた実力は、同年代の子供たちを遥かに凌駕していた。

「アルフレッド!」

元気な声と共に、銀髪の少女が庭に駆け込んできた。幼馴染のルナ・シルバームーンだ。彼女の緑の瞳は、いつもアルフレッドを見つめるときに特別な輝きを放つ。

「ルナ、おはよう。今日も元気だな」

「当然よ!今日は街の祭りでしょう?みんなで一緒に行くのが楽しみで、昨夜はなかなか眠れなかったの」

ルナの無邪気な笑顔に、エリザベスも微笑みを返す。二人は友人でありながら、時に恋のライバルのような関係も見せる。

「そうだった。今日は収穫祭だったな」

アルフレッドは思い出した。この辺境の小さな街では、年に一度の大きな祭りが開催される。領主の息子である彼も、当然参加することになっている。

「アルフレッド様」

美しく澄んだ声が響き、一同が振り返ると、マーリエルが現れた。外見は20代半ばの美しいエルフの女性だが、実際の年齢は数千歳に及ぶ元宮廷魔術師である。長い銀髪と翠の瞳を持つ彼女は、人間の子供たちを深く愛し、特にアルフレッドとエリザベスを我が子のように慈しんでいる。

「マーリエル先生、おはようございます」

「おはよう、皆さん。アルフレッド、少し話があるのですが」

マーリエルの表情には、いつもの飄々とした様子とは違う、何か深刻なものが宿っていた。アルフレッドは直感的に、これが重要な話だと察した。

「分かりました。皆、先に朝食を済ませていてくれ」

「お兄様?」

エリザベスが心配そうに見上げたが、アルフレッドは優しく微笑んで彼女の頭を撫でた。

「大丈夫だ。すぐに戻る」

マーリエルに連れられて書斎に向かう途中、アルフレッドは胸の奥に嫌な予感を感じていた。この2年間の平穏な日々が、終わりを告げようとしているのかもしれない。

書斎に入ると、大人たちがすでに集まっていた。マーリエルは重々しく口を開いた。

「皆さん、緊急事態です。昨夜、王都から伝令が届きました」

大人たちの表情が一斉に引き締まる。マーリエルは深く息を吸い込むと、重大な知らせを告げた。

「勇者ライアンが戦死しました」

室内に静寂が走った。アルフレッドは心の中で呟く。

(ライアン...あぁ、俺がいなければ、やはり彼女が勇者になったのか...そして死んでしまった)

「それは...いつのことですか?」周囲から震え声で尋ねた。

「三日前です。魔王軍との決戦で、勇者は魔王に敗れました。そして今、魔王軍は各地に散らばり、人間の領土を蹂躙し始めています」

大人たちの間に動揺が広がる中、マーリエルの言葉は続く。

「さらに悪いことに、私たちの領地にも魔王軍の一部隊が向かっているという情報があります。恐らく、今日の夕刻には到着するでしょう」

アルフレッドの頭の中で、様々な計算が始まった。

(魔王戦って、こんなに難易度高かったっけ? 負けイベントとか聞いてないんだけど? ……いやまさか、マルチエンド方式か?)

「先生、魔王軍の規模はどの程度ですか?」

「詳細は不明ですが、少なくとも数百の魔物と、上級魔族が数体含まれているとのことです」

アルフレッドは内心で舌打ちした。この辺境の領地には、せいぜい数十人の兵士しかいない。しかも、彼らの多くは実戦経験に乏しい。

「住民の避難は?」

「既に手配しています。ですが、全員を安全な場所に避難させるには時間が足りません」

「そうですか...」

アルフレッドは深く考え込んだ。前世の記憶と経験があるとはいえ、今の彼は12歳の少年の体だ。魔法や剣術のスキルは高いが、物理的な限界がある。

「アルフレッド、あなたには妹を連れて避難を勧めます。あなたは将来この領地を継ぐ身です。ここで命を落とすわけにはいきません」

マーリエルの翠の瞳には、愛する子供を守りたいという母性的な慈愛が宿っていた。

「いえ、僕は残ります」

アルフレッドの即答に、マーリエルは驚いた表情を見せた。

「アルフレッド...」

「この領地の人々は、僕の大切な家族です。彼らを見捨てて逃げることはできません」

それは本心だった。この2年間、アルフレッドは領民たちから愛され、慕われてきた。年上の女性たちからは可愛がられ、同年代の子供たちからはガキ大将として慕われていた。彼らとの絆は、確かに本物だった。

「分かりました。では、防衛の準備を始めましょう」

マーリエルの言葉に、アルフレッドは頷いた。

イラスト3

その日の午後、街の収穫祭は中止となり、代わりに避難と防衛の準備が始まった。アルフレッドは持ち前の指導力を発揮し、兵士たちや住民たちを指揮した。

「ガレス、君は東の門を守ってくれ。ルナ、君は治癒魔法が得意だから、負傷者の手当てを頼む」

「分かりました!」

「任せて!」

二人の返事に、アルフレッドは安堵した。エリザベスには避難を勧めたが、彼女は頑として聞き入れなかった。

「お兄様と一緒にいます。私も治癒魔法ができますから、きっと役に立てます」

その決意に満ちた瞳を見て、アルフレッドは反対することができなかった。

夕刻、ついに魔王軍が現れた。空を覆うほどの魔物の群れと、その中に混じる上級魔族たち。アルフレッドは城壁の上から、その光景を見つめていた。

「予想以上の数だな...」

彼の呟きに、隣に立つマーリエルが頷く。

「ええ。ですが、あなたがいる限り、希望はあります」

戦闘が始まった。アルフレッドは前世の経験を活かし、的確な指示を出しながら自らも剣を振るった。12歳とは思えない剣技と魔法で、次々と魔物を倒していく。

「すごい...アルフレッド様が...」

兵士たちの驚嘆の声が聞こえる。確かに、12歳の少年としては異常な強さだった。

しかし、敵の数は圧倒的だった。時間が経つにつれ、味方の疲労は蓄積し、負傷者も増えていく。

「くそ...」

アルフレッドは汗を拭いながら、状況を分析した。このままでは全滅は時間の問題だ。

「お兄様!」

エリザベスの悲鳴が聞こえ、振り返ると、彼女が上級魔族に襲われそうになっていた。

「エリザベス!」

アルフレッドは全力で駆け出し、妹を庇うように立ちはだかった。上級魔族の爪が、彼の胸を深く裂く。

イラスト1

「がはっ...」

血を吐きながらも、アルフレッドは反撃し、上級魔族を倒した。しかし、致命傷を負った彼の意識は急速に薄れていく。

「お兄様!お兄様!」

エリザベスの泣き声が遠くなっていく。ガレスやルナ、マーリエルの顔も霞んで見える。

(ああ...また死ぬのか...)

アルフレッドの意識が完全に途切れる直前、彼は一つの恐ろしい事実に気づいた。

(待てよ...今回死んだら、10歳に戻る。そして2年後、また同じことが起こる。でも、10歳から2年で勇者になれるほどの名誉と実績を積むなんて...)

それは不可能に近い。辺境の貴族の息子という立場では、どんなに頑張っても限界がある。

(これは...詰みゲーじゃないか...)

その絶望的な認識と共に、アルフレッドの意識は闇に沈んだ。

そして次の瞬間、彼は10歳の自分として、ヴァンハイム家の寝室で目を覚ました。窓の外には、あの平和だった日々の朝の光が差し込んでいる。

イラスト2

胸に手を当てる。上級魔族の爪に裂かれた激痛の記憶は鮮明だが、幼い体には傷一つない。

前世で25歳、何度も魔王を倒してきた転生者としての記憶が、10歳の脳に重くのしかかる。今回は実験的に辺境貴族の息子として生まれ変わったが、それが裏目に出た。

「お兄様?起きてらっしゃるのですか?」

扉の向こうからエリザベスの声が聞こえる。8歳の妹は、2年後に治癒魔法の才能を開花させ、最期まで彼を支えてくれる大切な家族だ。

「ああ、起きているよ」

声に出すと、自分の声の幼さに改めて驚く。12歳の時でさえ、年上の女性たちから「可愛い」と頭を撫でられる程度の存在だった。そんな少年が、たった2年で王国に認められる勇者になど...

(詰みゲーだ)

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