アルフレッド・ヴァンハイム
エリザベス・ヴァンハイム
サポート役
朝の陽光が窓から差し込む中、アルフレッドは書斎の椅子に深く腰を下ろしていた。机の上には領地の地図と冒険者ギルドの依頼書が散らばっている。10歳の小さな手で頬杖をつきながら、彼は前回のループでの記憶を辿っていた。
「前回は...どうやって勇者になったんだっけ」
彼の脳裏に蘇るのは、異邦人として転生した時の記憶だった。あの時は身分に縛られることなく、自由に行動できた。街を襲うドラゴンを単身で討伐し、王都で起きたクーデターを未然に防いだ。そうした功績が積み重なり、やがて国王の使者が招待状を持参してきた。
「勇者選抜大会への参加資格を得たのは、確か...」
記憶の中で、豪華な王宮の大広間が浮かび上がる。数十人の候補者たちが集まった中、最終的に残ったのは自分と、紫髪の貴族青年アイランだった。決勝戦は激戦だったが、長年の実戦経験と蓄積されたスキルで勝利を収めた。
「異邦人だったからこそ、制約なく動けた。でも今回は...」
ため息をつきながら、アルフレッドは昨日訪れた冒険者ギルドでの出来事を思い返した。
「ヴァンハイム家のご子息がお一人で?それは困ります」
ギルドマスターの困惑した表情が目に浮かぶ。中年の男性は丁寧ながらも断固とした口調で続けた。
「せめて護衛の方と一緒でなければ、お受けできる依頼は限られてしまいます。例えば...こちらの迷子の猫探しなどでしたら」
差し出された依頼書を見て、アルフレッドは内心で頭を抱えた。猫探しで得られる名声など、雀の涙ほどでしかない。2年という限られた時間で勇者になるには、もっと大きな功績が必要だった。
「お兄様、朝食の時間ですよ」
エリザベスの声で現実に引き戻される。振り返ると、淡いピンクのドレスを着た妹が心配そうな表情で立っていた。
「ああ、エリザベス。すまない、少し考え事をしていた」
「また難しい顔をして...お兄様、最近何か悩み事があるのですか?」
鋭い洞察力を持つ妹の問いかけに、アルフレッドは苦笑いを浮かべた。
「大したことじゃない。ただ、もう少し自分にできることを増やしたいと思っているんだ」
食堂に向かう廊下を歩きながら、エリザベスは兄の横顔を見つめていた。
「お兄様は十分すごいと思います。でも...もし何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくださいね」
その優しい言葉に、アルフレッドの胸が温かくなった。前回のループで失った大切な人たちを、今度こそ守り抜きたい。その想いが改めて心に刻まれる。
食堂では既にガレスが待機していた。
「おはようございます、アルフレッド様。本日のご予定はいかがなさいますか?」
「ガレス、実は君に相談があるんだ」
朝食を取りながら、アルフレッドは昨日のギルドでの出来事を説明した。ガレスは真剣な表情で聞いていたが、やがて困ったような顔になった。
「しかし……アルフレッド様は、なぜそこまで名声をお望みなのですか? ご身分は既に確かなもの。無理をなさらずとも……」
問いかけに、アルフレッドは一瞬言葉を失う。 (本当の理由は……“勇者”にならなければ、この国も、妹たちも救えない。前回のループで、それを知っているからだ)
だが、それを口にするわけにはいかない。
「……ただの我が儘さ。領主の息子として守られるだけの人生じゃなく、自分の力で認められたいんだ」
わざと子供らしい言い訳をする。 ガレスは少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「なるほど……立派なお考えです。であれば、私も全力でお手伝いいたしましょう」
アルフレッドは心の奥で小さく息を吐いた。 (本当は……そんな綺麗な理由じゃないんだけどな)
「確かに、ご身分を考えると単独での冒険は難しいでしょうね。しかし、何か別の方法があるかもしれません」
「別の方法?」
「例えば、領地内で起きている問題を解決するとか...」
朝食を取っている最中、屋敷の廊下がざわついた。 しばらくして、息を切らした使用人が駆け込んでくる。
「ガレス様!村から急ぎの知らせです!」
ガレスが眉をひそめ、席を立つ。 「どうした?」
「トムとサラの兄妹が、昨日から戻っていないと……。村の者たちが探しましたが、痕跡が見つからず……」
アルフレッドの手が止まる。 「行方不明……?」
そのとき、ルナも駆け込んできた。銀髪を揺らしながら声を張り上げる。 「アルフレッド!子供たちが森に行ったまま帰ってないの!村のみんなが必死で探してる!」
アルフレッドは表情を引き締め、椅子から立ち上がった。 「詳しく聞かせてくれ」
「二人は薬草取りに森に入ったの。でも夕方になっても帰ってこなくて...村の人たちが探したけど、見つからなくて」
エリザベスが心配そうに口を開いた。
「まだ小さい子供たちですよね?森で迷子になったのでしょうか」
「それが...」ルナの表情が曇る。「探索隊が見つけた痕跡が変なの。ゴブリンの足跡があったって言うんだけど、でも何か違和感があるって」
アルフレッドの目が鋭くなった。長年の経験が警鐘を鳴らしている。
「ガレス、すぐに出発の準備を」
「承知いたしました」
「ルナ、案内してくれるか?」
「もちろん!」
エリザベスが立ち上がった。
「私も一緒に行きます」
「エリザベス、危険かもしれない」
「だからこそです。もし怪我人がいたら、治癒魔法が必要でしょう?」
その決意に満ちた瞳を見て、アルフレッドは頷いた。
森の入り口で、一行は村人たちと合流した。トムとサラの母親は目を真っ赤に腫らして、アルフレッドたちを見ると深々と頭を下げた。
「ヴァンハイム様、どうかお願いします...」
「必ず見つけ出します」
アルフレッドは現場の痕跡を注意深く観察した。確かにゴブリンの足跡がある。しかし...
「これは...」
彼は地面に膝をつき、土の状態を詳しく調べた。足跡の深さ、歩幅、そして...
「魔法の残滓がある」
「魔法?」ガレスが驚いた。
「ゴブリンは基本的に魔法を使わない。それに、この足跡...意図的に残されたような規則性がある」
アルフレッドは立ち上がり、周囲を見回した。
「これは誘拐だ。しかも、ゴブリンの仕業に見せかけた人間の犯行」
ルナが息を呑んだ。
「人間が?でも、なぜ?」
「それを調べる必要がある」
アルフレッドの頭の中で、推理が組み立てられていく。薬草取りに来た子供たちを狙った理由、ゴブリンに偽装した目的、そして魔法を使った痕跡...
アルフレッドは地面に膝をつき、掌をそっとかざした。 「確か……こうだったはずだ。魔力を流して、残滓を浮かび上がらせる……」
淡い光がじわりと広がるが、ところどころ途切れ、安定しない。 それでも細い筋が森の奥へと伸びていくのが見えた。
「……見える、はずだ。たぶん……こっちだ」
自信なさげな言葉に、ガレスが怪訝そうに眉をひそめる。 「アルフレッド様、これは……」
「大丈夫。前に本で読んだ方法だ。それに……試したことがある」 アルフレッドは少し強引に言い切る。
エリザベスは兄の様子を見て、驚きと憧れを滲ませながら呟いた。 「本で読んだだけで……こんな魔法が使えるなんて……。お兄様、やっぱりすごいです!」
そして、小さな拳をぎゅっと握りしめた。 「私も学びたい。その魔法……覚えて、一緒にお兄様を助けたい」
アルフレッドは振り返り、妹の真剣な瞳を見て小さく笑った。 「……じゃあ、子供たちを救ってからだな。練習相手になってやるよ」
「はい!」
一行は森の奥へと向かった。アルフレッドの心に、久しぶりに探偵としての血が騒いでいた。これは単なる誘拐事件ではない。背後に何か大きな陰謀が隠されている予感がした。
「必ず真相を突き止める」
彼の決意を込めた呟きが、森の静寂に響いた。子供たちを救うことができれば、それは確実に名声につながる。そして何より、この領地の人々を守ることができる。
前回のループとは違う方法で、今度こそ勇者への道を切り開いてみせる。アルフレッドの瞳に、強い意志の光が宿っていた。
魔力の痕跡は森の更に奥へと続いている。真相は、まだ見えない。しかし、この事件の解決こそが、新たな可能性への第一歩となることを、彼は確信していた。
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